私がブログを始めたのは、誰かに理解してほしかったからだった。
ブログを始めたのは2023年の8月で、当時は承認欲求がとても強かったと思うし、誰かに注目されることに飢えていた。
誰かと書いたけど、その依存対象は決まって私のフォロワーだったと思う。
けれど、見てほしい人には見てもらえなかったと思う。
Xのアルゴリズムで、リンクを貼りすぎるとシャドウバンされると知った。
それとは別に、フォロワーには少し距離を置かれていたと思う。
昔の記事は痛々しくて読めないもの。
あとは、フォロワーもあんまりX自体見てなさそうだったからしょうがないとも思うけど。
それから、妹に誘われてBlueskyを始めた。
衝動的にXのアカウントを消した時、フォロワーもBlueskyでアカウントを作ってフォローしてくれたけど、それっきり。
メンタルが安定して、Xでアカウントを作り直した後も、しばらくは病んでたと思う。
安定したきっかけはいくつかあるけど、作詞を始めたこと、レキサルティの服用、就労移行に通い始めたこと、フォロワーに会いに行ったことだと思う。
作詞を始めたことで自信がついたし、自分の知ってほしい思いを作品にしたことで、満たされたと思う。
『或る人のうた』は、愛着障害ゆえの思考を文章化して作品にした。
試し行為や、不安になる関係ほど依存してしまう心境。
作品化したことで、もう悩まなくても大丈夫かもしれないと思えた。
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次に、レキサルティの服用。
私は過去に言われたことをずっと気にして、その人がいない時もずっとその人の目を気にしてしまう思考の癖があった。
去年の12月からレキサルティを増量して、なんであんなことで悩んでたんだろうと思えるようになった。
セロトニンやドーパミンの量を調整する作用があるそうなので、ホルモンバランスによるネガティブ思考が改善されたのかもしれない。
次に、就労移行。
元々朝が苦手だったけど、9時スタートに合わせていたら生活リズムが整って、早寝早起きできるようになった。
今日は珍しく夜ふかししてるけど。
スタンフォード式睡眠にも出会って、眠剤がなくても寝られるようになった。
半年以上通って就活の結果は出なくて、家庭環境が変わって就職も難しくなって、諦めもついた。
やっても駄目だった結果と、年齢的にタイムリミットが近いというのもあって、妊活を前向きに考えられるようになった。
最後にフォロワーに会いに行ったこと。
昔からのゲーム友達で、度々執着しては、過去に言われたことをずっと気にしたりしていた。
友達のはずなのに、私の中では不健全な関係になってしまっていた。
彼は私の中で特別で、師匠のような人だった。
私があまりにも生きづらそうにしてたので、色々アドバイスをもらったけど、その通りに生きられなくて、私の中で負い目になっていた。
例えば、受け身と言われたこと。
受け身で優柔不断なのがコンプレックスになって、全力で治したけど、自分から人を誘って期待通りにならないことも多いので苦しんだ。
一緒にゲームをやらなくなって何年経っても、あの人が見たらどう思うだろうと気にしてしまっていた。
だけど、実際に会ってみたら彼も普通の人間で、私は彼を神格化しすぎていたんだなと気付いた。
直接話したら安心感も段違いだったし、楽しく話してお土産ももらったりで、いい時間を過ごせた。
私は不安が人より強いので、対面のコミュニケーションの方が向いていたんだと思うし、一対一で話せたことで嫌われてないと分かって安心できたとも思う。
私はこれらの経験を通して、前よりずっと安定したと思う。
レキサルティも1.5mgに調整して、軽躁の症状もほとんど出ないし、病的な承認欲求もなくなったし、意欲も程よくある状態に落ち着いた。
今が人生で一番調子がいいと思う。
10代、20代の時はずっと苦しかったから、ようやく楽になれたなと。
というわけで、人生の一区切りがついた心境を書いてみた。
ブログは前ほど書かなくなったけど、書かなくても平気だと思えるくらいに人生が満たされていると感じる。
以前はサブブログに人には見せられないようなドロドロ思考を書いていたけど、それももうやらなくても大丈夫だと思える。