好きなことに夢中になれたら
私は人の反応を気にしすぎる。
自分が好意を持ってる人にSNSで「いいね」や返信をもらえたら嬉しいし、それに依存しているとも思う。
故に反応がない時期があると距離を置かれたのかと思って、ものすごく病む。
躁鬱なのでそれで鬱になって自己否定したり、逆に攻撃的な感情を抱いたりもする。
限界を迎えると、度々XのアプリをアンインストールしたりブラウザからもログアウトしてBlueskyに逃げたり、一度はアカウントも消してしまった。
それでも対象フォロワーがBlueskyでアカウントを作ってフォローしてくれたり、レキサルティの服用を開始してからは、他のフォロワーのことも不安にさせたかもしれないと気づいて、アカウントを作り直すに至った。
だけど、アカウントを作り直しても反応がない時期は不安になるし、逆に反応があれば安心したり舞い上がったりの繰り返しだった。
そんな時に同じゲームをやってることが分かったので、イベントの時に思い切って誘って数年ぶりに一緒にゲームをしたら、久しぶりに楽しかった。
だけど、いいことがあると舞い上がりすぎて躁転してしまうのが病気の怖いところで。
自分の言動とかゲームのミスとか、後悔して自己否定しすぎておかしくなってしまった。
この時のネガティブな感情は、レキサルティを飲むと嘘のように悩んでたことがバカバカしく思えた。
そこでようやく、躁鬱による妄想症状ではないかと気づくことができた。
レキサルティの量が足りないと切れるのが早いことから、処方量を増やしてもらった。
ただ、寝付きが悪いということで朝晩0.5mgずつに分けて飲むようにしたら、焦燥感が出てしまった。
おすすめされたゲームを始めてみたけど、なかなか上達しないので焦ってしまった。
中途半端に元気が出ては暇な時間が耐えられなくなって、周りが働いてることにも焦って就活に手を出してしまったし、また精神が不安定になってしまった。
朝1mgに変更してからは調子は改善しつつある。
だけど薬で落ち込みにくくなっても、『時期』が来ればまた不安定になってしまう。
10日以上、『いいね』も返信もつかなくなって私は嫌われてるのではないかと思ってしまった。
SNSの反応以外にも、不安になる要素はあったのだけど。
元気だけど虚無 という記事を書くほど虚無になっていた。
そして私はXを再びアンインストールした。
アンインストールもいいのかどうかよく分からなくて、通知がないか気にしてブラウザで何度も開いてしまう。
ログアウトすればいいんだけども。
だけど、本当は別に嫌われてる訳じゃないって分かってる。
前にも長期間反応がつかないことはあったし、諦めてログアウトした時に反応をくれることもあった。
それに、ゲームをギフトで送ってくれて嫌われてるなんてことはありえない。と思いたい。
ホラー映画&ゲームが好きなのは変わらない
今やってるのは、The Texas Chainsaw Massacreという、映画『悪魔のいけにえ』を題材にした非対称サバイバルゲーム。
数日おやすみしてたけど、2日連続夢にでてきたのでプレイした。
被害者側では相変わらず脱出はできないし、キラー側も一人ではキル取れないけど、前よりは少しずつ上達してると思えて楽しかった。
夜は『悪魔のいけにえ』の映画を見た。
前にも見たことあるけど、ゲームを始めてまた見たくなってレンタルした。
前に見た時は、目のドアップ演出が過剰だったりで疲れちゃったけど、二回目だとコメディも素直に笑えたし、ゲームで映画の細かい部分まで再現してるなって気づきもあってすごく面白かった。

ヒッチハイカーはどうなったんだろうとポストしたら、フォロワーから『いいね』と返信が来ていた。
反応がもらえたことの嬉しさより、意外な展開に思わず続編を見たくなってしまった。
ただ、続編を見てはいけないと以前言われたので、あまり期待値は高めないでおこうと思ってはいる。
そして、反応をもらえて気づいた。
やっぱり趣味が同じなんだなぁと。
8年ほど空白期間があったけど、dbdやっててホラー映画も好きっていう共通の趣味があったのはラッキーだったな。
昔はホラーどころか映画も苦手だったけど、dbdのおかげで誰に言われるでもなくのめり込んだ。
好きなことに夢中になれたら
私は人の反応を気にしすぎる。
いいねを求めるのは承認欲求もだけど、嫌われてないか試したいという思いもありそう。
これまで常に誰かに叱られるんじゃないかという不安を抱えて生きてきたから、無理もないのかもしれない。
だけど、対等なはずの友人関係や趣味のゲームでそれを気にしてたら、自然体で接することも素直にゲームを楽しむこともできない。
趣味なんだから気楽にやったらいいと思う。
それと、SNSに執着してしまうこと。
投稿しなければ、反応を気にすることもないと思う。
SNSの存在を忘れるくらい充実した生活を送れたらいいのにな、と思った。
好きなことに夢中になりたい。